-経歴

職務要約

現場作業から設計作業にまで携わったことにより建築・建設業務の一連の流れを実際に体験し、学習塾において教育にも携わっていたため、指導することも得意とする。芸術系で建築を勉強し、アート制作やアトリエ系の建築事務所などを体験することで、新しい造形に興味や創造力を発揮してきた。最近においては特に3Dの技術を活用することで、プロジェクトに対する貢献を増すことができるということで、デザイン業務と共に、プロモーション・事業化を試みてきた。

職務経歴等

【モデリングスナップ (長野県安曇野市) 2014年4月-現在 創業者】
伊藤設計での業務からさらに発展して、三次元を大々的に活用する設計を進められていくメリットを強く感じ、伊藤設計を主な取引先としつつ、3Dを外注として取り入れた設計手法を広めるために起業を推進する。それと同時にその意義や必然性を訴えていく必要性を感じ、建築界の3次元モデル(BIM)を活用した建築手法についてコンサルティングやセミナーにて説明してきた。建築界のイノベーションとなるように、BIMに関する情報収集と発信を続けている。(伊藤建築設計事務所での受注も含む。)プログラミング言語Rubyを元に作られる3DCAD: SketchUpのプラグイン等の開発も視野に入れている。BIMを安価で推し進めるための具体的方法とそのソリューションの両方を提案する。フランチャイズ化も視野に入れている。創業補助金制度を活用し、国に採択され補助期間を完了した。3DCADオペレーターへの9人への教育実績。型枠工事業向け3DCAD活用開発など。Jw_cadとSketchUpとの受け渡しWindows準拠ソフトの開発ディレクション実績。同時に形のないものを売っていくという営業、集客面での難しさ、人を雇ったり、仕事をお願いしたりするという部分で思い通りにいかないことを通して大きな学びを得てきた。
http://www.modelingsnap.com/

【伊藤建築設計事務所(長野県松本市)2013年1月−2013年12月】
北京に行って間もないころ社長より、ファサードのデザインをやらないかと声をかけていただく。北京をあとにするとき、間が空いてしまったが行ってもよいかと尋ねると快諾をいただく。最初は、2次元図面からの3次元化、のちに建物の外観デザイン等も任せられるようになる。SketchUpを利用し、立体化すると同時に色やマテリアルの検討、確認を行い、業務を進めるのに役立つ役務を提供。Photoshopによる画像補正や、Illustratorなどによるレイアウトなども行った。コンペ等にも積極的にチャレンジすると同時に、プロポーザルなどにも独自性の高い案を提案した。介護老人福祉施設設計補助、クリニックデザイン補助、サインボード設計・デザイン・モデリング、工場敷地モデリング、都市計画モデリング、大学エクステリア提案、野球場モデリング、公民館・警察交番モデリング、意匠確認、パース作成など。BIMに関してさらなる利用を促進していただけるよう経営陣に打診しながら、次第にモデリングスナップの立ち上げを企画・構想する。
http://www.ito-sekkei.co.jp/

【菅根史郎建築設計事務所(中国北京市)2012年6月—12月】
中国の友人を訪れる際、北京の日本人建築家に会うことができないか打診する。その中で親切にも、北京に来てはと快く提案をしていただいた。迷ったが、20代では新しい経験を優先すべきだという価値観がどこかにあったので、チャレンジをすることにした。お国柄というべきか、中国ならでは都市設計や北京市内商業施設のデザイン、リゾート島のマスタープランニングや韓国大邸図書館コンペティションなど様々な設計課題をいろいろと体験させていただいた。現地での交流もすごく良い経験になったし、結果的には実現しなかったがアラブ人のインターン生を迎え入れや、言語を新たに取得するなど、国をまたぐことに対するボーダーレスな考え方と現実についても考えさせられた。実務としては3Dソフトやプレゼンテーションソフトを使った業務に磨きをかけていった。本来は職場の近くの住宅を借りてもらえることなどによって業務に集中することができたが、比較的郊外の家を友達と住むことにしたため、徐々に軸がずれてしまい、事務所をあとにせざるをえなくなってしまった。 http://www.sabj.net/

【倉橋英太郎建築設計事務所(長野県松本市)2012年2月—5月】
住宅会社をあとにしたあと、実家に帰るという方向性もあったので、実家の建具工場の就職の面接にいくも、履歴書の内容をみて、設計にいったらということでご親切にも松本平の設計事務所でコンタクトを取ってみるようアドバイスをいただく。そのなかで、伊藤設計のあと、倉橋英太郎先生という方の面接をいただけることになる。伊藤設計でも、建具の工場でも先生の独自性について言及されていたため、自分の人柄ともリンクし、弟子のように、ご自宅での作業等もふくめ、徹底した指導をいただく。伝統的な日本建築に基づく、リノベーションや提案。特筆すべき例としては、箱根のまちづくりへの提案を含む施設提案として、箱根の湖に海賊船たるものによる観光推進を行っていることを踏まえ、大ヒット中の漫画One Piece とのコラボした日本建築企画テーマ型施設の提案や、所長がホテルのオーナーだったこともあり、設備等の環境建築に対する理解を深め、大型レジャー施設改築の案件の営業や所有ホテルの喫茶コーナーの開店等にも立ち会うことができた。そのほか、セミナーや設計提案、展示会等でのプレゼン資料を任せられる。なかには、東日本大震災の復興に関する石巻市のプロジェクトもあった。一ヶ月を経て給与を上げてもらい、三ヶ月を経て続けていくかどうか将来を考えていただくなかで、中国の話がでてきた。
http://www.kurahashi-a.co.jp/

【住宅総合研究所JSKデザイン(長野県松本市)2011年11月—2012年1月】
不動産ビジネススキル講座を受講後の就職先を検討する際に、受講先の張り紙にて会社の募集を知る。8月くらいの段階から、11月よりという内定をいただき、その間も時間があるときはお手伝いにきていた。住宅販売会社として、営業の基本や住宅設計案作成のためのCADの操作に加え、社内で庭の仕事も行っていたため行っていた。ある社内敷地物件のお客様に対しては、デザイナーとして、ゼロベースでの住宅提案もさせていただく。社内としては経営陣近い立場として密な会合を重ねていたことから、取締役やコンサルとしての業務に近い形もこなす。営業同伴や現場での作業なども少なからずこなす。会社敷地内に飲食店を開き、営業方針の転換などの会社都合により退社することになる。 http://www.j-souken.com/

【藤本壮介建築設計事務所《インターン》(東京都新宿区)2010年10月—12月】
フランス旅行:フランスでの求職活動が以前決まらない中、東京でのインターンの受け入れを許諾いただき、フランスから戻り、東京でのインターン生活を決意する。インターンといっても学生アルバイトではなかったので、10:00から終電までといった具合で、正社員の人たちとほぼ同じだけの時間を3ヶ月間過ごす。それでいて、代表者としっかりと今後について話す機会がなかったのは不覚であったが、海外からの社員さん、インターン生、社内集った様々なスキルの多い人々からいろいろと学ぶ。メインは模型製作が多かった。沖縄でのコテージ群の計画、武蔵野美術大学図書館の実施設計過程での模型製作、服飾デザイナーのための展示空間の提案模型のためなどに時間を費やした。藤本さんには社内企画についてなどメール等で、「100の住宅企画コンセプト」などさらなるブランディング、社内システムのための提案も行ってきた。すでに大学卒業を経てしばらくたっていたため、就職に対する意思も強かったものの、両親の強いすすめもあり、一旦実家に戻ることになる。 http://www.sou-fujimoto.net/

【有限会社ドリカム:アート制作・コンペティション等(長野県安曇野市)2009年8月—9月】
大阪芸術大学卒業後、卒業制作の延長線上からアート制作や建築プロジェクトの学生や、フリーランスでの応募可能な案件の応募のための時間を過ごす。社名自体は、有限会社アクトアズユウの名前が変更されたもので、父の型枠工事や塗装工事の業務をおこなっており、所属上手伝うこともあったが、実質的には、こもりっきりの隔絶された芸術家のような状態であった。この時期に建築系のメディア建築系ラジオとも出会う。アート制作をし、消費者に届けるために、京都のアートフェスタに自前で出店したこともあったが、大型アートを購入するような文化顧客層を対象に制作した反面、街の文化祭の延長のような状態に調査不足を実感し、次第に制作活動をはなれるようになる。(下記の応募履歴等参照)

【妹島和世・西沢立衛建築設計事務所《インターン》(東京都港区)2009年10月—11月】
長野県から通いながらインターンという費用も時間もかかることこなす。アトリエ系としてすでに独自のポジションをもっていたSANAAに初のインターンにいけるということで、得られた経験値は多かった。模型制作がここでもメインで、Photoshopによる写真加工、原寸大模型など実際の設計の業務内の作業を手伝った。台湾のプロジェクト。瀬戸内海のアートプロジェクトなどで活動した。 http://www.sanaa.co.jp/

【明光義塾:個別指導型家庭教師(長野県安曇野市)2003年4月−2009年5月(中断あり)】
高校卒業後、大学入試を失敗した後まずしたことは、家庭教師として働いてみることだった。中学生自体は特に人の学習についてみることも好きだった私は90分を一コマとする中で、2人から3人、多い時には4人を見る事ができるようにもなった。また、事務所の方針でもあったのかもしれないが、特に勉強ができない生徒や学習そのものに困難がある生徒などを受け持つことも少なくなかった。学習そのものの習慣づけからはじまり、個別の関係性をもとにすすめていくなかで、失敗をし、もっとこうできたと思ったことも数多くあったが、その中でさらなる改善の糧をえてきた。またこうした経験は仕事の研修などにもいかせる土台になったと感じている。

【松本FC:子供向けスポーツ指導塾(長野県安曇野市)2008年7月—2009年1月】
個別指導の学習塾という形も勉強になっていたが、あくまで個別指導だったので、チームを考えたりする思考が必要だと思い、応募した。小学生未満から小学生最上級生まで、サッカーを通して、しつけにもつながっていくという要素のあるものだった。親御さんとのコミュニケーションや練習の組み立て、生徒一人一人への気遣いなどやりがいのある内容だった。建築の方の勉強や仕事の方が忙しくなり、やめることになった。

【有限会社アクトアズユウ(長野県安曇野市)2003年4月—2008年12月】
父親の自営業。コンクリートの型枠大工・解体作業、現場労働。塗装下作業など。多いときは10人くらいのチーム編成で現場作業を行う。一手伝いとして、チーム作業や肉体労働を経験すると同時に実際の建設プロジェクトを通して建築とも向き合うことができた。個人邸、工場、病院、学校などの現場。作業の確実性、効率性、安全に対する意識など現場ならでは厳しい基準も体感した。そのなかでも反復性のある仕事や整理整頓をすることなど自分なりの作業感覚・基準も構築されていった。
教育や訓練

○不動産ビジネススキル講座(長野県松本市)2011年4月−10月
ハローワークの制度として、建築系資格取得支援の専門学校:日建学院を母体にしたFP2級、宅建、管理業務をメインとした計半年に及ぶ全日制講座。日建学院さんの支援もあり、同年度に2級建築士合格のリベンジを果たすこともできた。通学生のなかから、起業の立ち上げの話もあるなど、地域の建築業について知識も増えていった。 http://www.ksknet.co.jp/nikken/

○大阪芸術大学(大阪府南河内郡河南町)2003年9月−2010年3月
高校卒業後、半年ほどして通信制(講義型授業はレポート、その他設計課題はスクーリングあり)のカリキュラムをスタートさせる。最初は仕事やボランティアとの両立など、課題がすすまず数年留年した格好になる。最終的には幾つかの単位を残して、2009年の9月には卒業制作を完了した。大阪に通うという経験、自身でレポートを提出しなければならないという経験、全国各地から集まった学生など、通信ならではの体験があった。
http://www.osaka-geidai.ac.jp/geidai/english/index.html

○3DCADトレーニングコース(長野県松本市)2006年6月−8月
ハローワークの訓練制度。特に機械系CADが3D化していく中で、SolidworksというCADをメインにした講座。AutoCADなど2次元CADに関する授業やワード、エクセル、パワーポイントといったWindows Officeのソフトを使えるように訓練を受けた。機械系の図面作成の基礎知識も授業にはふくまれていた。建築にもゆくゆくは3D化の波が来るだろうとは思いつつも、訓練を受けたCADがかなり高価だったこともあり、具体的にすぐに生かした仕事にはつくことができなかった。(現在では3DCADの安価化、フリー化、3Dプリンタの普及などによって、当時の学習内容から違った地平が見えるようになってきている。)同時にこの訓練のなかで、初級システムアドミニストレーターの資格をとるための知識を得、さらに余分の学習をすることで合格をものにすることができた。(当時も課題でJw_cadのデータを読み込むなどして、Solidworksにてモデルを構築した。)
試験や資格

・MOS検定Microsoft Office User Specialist in Excel 2003 (2006)
・初級システムアドミニストレーター (2006)
・フランス語検定TCF 283 A2 (Listening 265, structure of language 330, comprehending 265)
・AFP認定研修終了(2011)
・宅地建物取引主任者 (2011)
・2級建築士 (2011)
競技型応募

Art work competition: The Fifth Contemporary Art appeal for public (第5回 大黒屋現代アート公募展)、Gunma young biennial exhibition(群馬青年ビエンナーレ2010)、Kyoto Art Festa 2010 “art Dive#03”
Architecture competition: Low Carbon Design Award 2009, NAGHAMA URBAN GLASS COMPETITIONS ’09、Suntory midorie design contest(サントリーミドリエデザインコンテスト)、11th shelter Student Architectural Design Competition(シェルター学生競技2009) 36th nisshinkogyo architectural design competition(第36回日新工業建築設計競技)

読んでいる本(英文他)

「The image of the city」Kevin Lynch
「The Death and Life of Great American Cities」Jane Jacobs
「The City in History: Its Origins, Its Transformations, and Its Prospects」Lewis Mumford、「The Story of Art」E.H.Gobrich
「 Lessons for Students in Architecture」Herman Hertzberger
「A Pattern Language: Towns, Buildings, Construction (Center for Environmental Structure) 」Christopher Alexander, Sara Ishikawa, Murray Silverstein
「ワーク・シフト ─孤独と貧困から自由になる働き方の未来図」リンダ グラットン、「ハイ・コンセプト『新しいこと』を考え出す人の時代」ダニエル・ピンク
「ドトールコーヒー『勝つか死ぬか』の創業記」鳥羽 博道
「物事は単純に考えよう 」池森 賢二
「何があっても、だから良かった 人間を磨き、格を高める経営」青木 擴憲
「カモメになったペンギン」ジョン・P・コッター, ホルガー・ラスゲバー, 野村 辰寿 (イラスト)

旅行履歴

*西日本旅行1997・・・父親企画の車中泊など家族冒険旅行、広島など。お好み焼き。原爆資料館など体験。
*東日本旅行1998・・・父親の別の企画による家族冒険旅行、青森竜飛岬や仙台、石巻など
*北海道旅行(道東)2001・・・網走など、知り合いのお兄さんと5日間ほど。
*九州旅行 2001・・・松本発福岡着の飛行機にて、阿蘇山、ハウステンボスなど。
*ドイツ(フランクフルト)2006・・・国際的な集まりを含む5日間。初海外と近代都市を体験。
*韓国(ソウル、釜山)/アラブ首長国連邦(ドバイ、アブダビ)/フランス(パリ)2010・・・韓国から建築系ラジオメンバーに混じって建築見学(3日間)、それから単独で、UAEは経由地だったが7日間ほど滞在。近代都市計画や世界一高い建築ブルジュカリファなどを見学。パリ(3ヶ月)では、求職活動や博物館、美術館を中心に観光も。現地にてであったモルドバ人の家族に宿泊させてもらうなど思いがけぬ好意を受ける。
*中国(北京、内モンゴル)2012・・・北京滞在期間中には、いろいろと探索見学も、万里の長城へはいけず。内モンゴル自治区では乗馬しながら草原を闊歩する体験を会社のメンバーと共有した。

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