”元号”のネーミングについて

新しい元号が、天皇陛下が変わるということで作られるというような時期になっています。

ネーミングということ、ネーミングというものを少しおしなべて考えてみたいと思うんですが、ネーミングというのは何かと言うとまぁ名前をつけるということですよね。

私たちが生きていく中で名前を付けるって言うような機会ってどういうような時があるかということからちょっと考えてみたいと思います。

まず一番印象的なのは赤ちゃんが産まれて、子供が生まれた時ですよね。

お父さんだったり、お母さんだったり、ご両親が生まれた子供にはおそらくですね名前をつけるわけですね。もしかしたら親族かもしれないし、漢字一字を誰かから貰うとか、その時流行っていたこととか、大切にしていたこととかそのような様々な理由からその子供さんの名前が決まっていると思います。

自分で自分の名前をつけることっていうのはおそらく後々変更すること以外はないかと思うんですけど、相手にしても子供の名前というのがネーミングするとても象徴的な状況、光景だったりシーンなのかなと思います。

おそらくその自分の名前がずっとその呼ばれ続けたり、そのまま日本においては漢字というものがあったり、ひらがなの場合もあるとは思いますけども、その名前でものずっと書く機会がありますね。そのようにしてその名前というものがずっと使われて、形としてまあも色々な文字に残ったり、その人を代表する文字だったり言葉として残っていくと言うのが人の名前だったりします。

なので色々な概念とか言葉の中でも固有名詞として一つ一つ個別につけられるものではあるんですが、とても重要な言葉の一つだと思いますね。名前という話ですね。

他にも名前というものが必要になる状況ってのがあります。例えば会社の名前ですとか、製品の名前、サービスの名前、そんなようなものもあります。

会社も法人などと呼ばれますから、一つの人格として扱われることによって名前が必要になってくるというように解釈されていますし、製品なんかもプロダクトとしてはそうですね。なにかしら存在していてもそれをこう一つの名前をつけることで世の中に送り出すと言うことがあります。サービスにしてもアート作品などにしても人間が何かしら作り出す創造物と言うか、作り出されるものというのは名前が付けられることがあります。

でここで元号という所に話が行くんですけれども、元号というのは何かと簡単に言うと時代のことというふうには理解されてるかと思います。

では時代というのは何かと言うと、時間という概念の中の一つの区切りとなる期間のことそんな風に言うことができると思うんですね。

元号というのは時間にネーミングをしているとということになるかと思います。

これはおそらく作家やアーティストなどが作風などを振り返る時に、自分が作ってきた作品やその創作物の傾向などを見てまるまるの時代などという風には言われることがあると思います。これは自分の中の、そのアーティストや作家ですけども、 何かしらの時間の概念というところに名前を与えたということになります。

なので新しい時代に名前をつけるということが、誰がどこでどうするのかっていうのは色々あると思うんですけれども、時や時間に名前を付けるっていう事が興味深いテーマになっているということをまず一つ強調して押さえておきたいと思います。

人はそれぞれ異なる世界観やま宇宙の中で暮らしているとも言えますし、そう考えるとその人の時間軸というのは様々な物があって早く感じたり、遅く感じたり色々なそのそう感じる理由っていうのはあると思うんですけれども、色々なその自分の歴史を振り返った時にまたもしくは民族だったり、国民だったりその地域制だったり色々その区切りと言うか、エリアと言うか、範囲を様々なものに変えていくとその時々の時代感と言うか時間の区切りってのが見えてくると思うんですね。

そういうものを巧みに扱って言語化しているのが歴史家というように呼ばれている人かもしれません。

いずれにしてもここで促したかったのは、私たち一人一人が自分の時間軸を持っているのでそれに関する認識を持つということと自分の中での時間軸というものを持ちそしてその区切りというのを自分でこう認識できるようになることがまず大事なこととしてあるのではないかということをお伝えしたかったというのが一つあると思います。まあもちろん自分でもそのように認識したかったということでもあるし、そのように認識したいと思ってることでもあります。

まぁじゃその上で日本という国の中で、そうですね、長年のその歴史というものを考えてみた時に元号というのがまあ長い間継続されてきたという中で、新しい時代の区切りっていうのは何かしら存在しているわけですね。

まあその時間の区切りについてそれぞれの(個人の)時間軸とは別に公のものとして公共のものとしてではそのような時間の区切りについて考えてみましょうというようなそんな機会になっていると思います。

それが日本においては天皇陛下が即位されるまた退位されるというような事柄をきっかけにして時代の区切りをつけているという風習があるので、それに乗っかって今回は一つ考えてみましょうかということでようやくタイトルのところの話題に入っていくんですね。

それでまああの今回の元号なんですけども、前回が「平成」ということでありました。推察するところではありますけれども、いわゆる先の大戦がありまして、それが「昭和」という時代でございました。それゆえに平和を成すという意味において、おそらく平成と言う元号が誕生したんではないかと推察しております。

ではそう言ったことを土台にして次の元号は何がいいんだろうかと私なりにざっくり考えてみました。

平和な世の中というものが訪れました。そしてそれは特に日本においては経済的なある程度の経済水準というのをグローバル規模においてもつようになりました。

そうしていく中である程度の豊かさを得るようになったさきの大戦以前、江戸から明治にかけて日本的なものの考え方とか精神性みたいなものが大きく変わったようにも感じられるのかもしれません。その分野に関しては専門外なのであくまでここも推測には過ぎないんですが、まあそもそも民族性として外国からの文化や知識の吸収というものをうまくやってのけるところがあったっていうのはもっと大きな時間の流れだとそうなのかなとは思う反面、その中でも江戸という間が特殊だったとも言えるかなと思います。

そのような流れの中で平和になった世の中で経済的にお金は持っているけれども人格が疑われてしまうとしたらそれはどうなんだろうと色々な事っていうのはとても重要な問題かなと思っていて、どんな時代に生きていようとどんな環境があるほどどんな状況があろうともやはり人間性が素晴らしいということはとてもね大切だなぁと思うわけです。

特に、平和になって平和になって住みやすくなって経済的にも住みやすくなってそういう迷い環境が整っていれば整っているほどやはりその内面世界における平安と言うか平和ということもすごくこう意識するようになるんじゃないかなと思います。

それに何が役に立ったんだろうと考えていた時に、まぁ日本人はおそらく中国から伝来の考えているのを結構取り入れてきてると思うんですが、「道徳」という概念があると思うんですね。

人がこう生きていく道と言う道だったり、人徳の徳という概念ですよね。

その平和な時だからこそ、より多くの人が人徳に溢れた素晴らしい内面性を持つ人々、今素晴らしい考えや行動ができる人々が多くいる社会、より内面性を成長させるそういう時代になっていけばいいんじゃないかな、それが次の平成の後の時代の理想的な方向性かなというふうに思っています。

具体論に落とし込みたいと思うんですが、論語などでも最高の徳として掲げられているのが「仁」という概念ですね。まあ個人的には西洋のバイブルの世界における「愛」という概念と匹敵する概念であるというふうに思っているんですが、 その「仁」という特質をまず最初にあげたいと思います。

そしてもうお気づきの方もいるかもしれませんが、男系の天皇家の系譜の中で「仁」という漢字が男性の名前についているということに気づかれたかと思います。

これはおそらくその漢文学から感化されることにより、人々を治めるものとして高い道徳性を持っていることに対する自負があるということからこの「仁」の漢字を名前の一部として使われてきたのではないかというふうに今推測されます。

まあそんなことを考えていた時に、「人徳」を「仁徳」という風に言い換えてもいいのかなとも思いますね。

はい。ということで、私が考える次の時代の元号は、「仁徳」です。

読み方としては、「じんとく」と「にんとく」という読み方がありますが、アルファベットにした時にJとNの選択肢になると思います。

で私としては、JAPANとかけてJのほうを選択できると思っていて、その心はこれからは平和な日本というのを作り出した上で文化というものをさらに洗練させていく、それをアウトプットが誰でも観光として日本に来てもらいやすくするっていうのもありますけれども、 文化発信国としての日本の位置づけ、まあそれは素晴らしい人間性、 素晴らしい人徳を持つという日本人の国民性、そのようなものがベースとなってバックボーンとなってそのような文化発信国としてありえるというふうに思うんですが、そのようなビジョンの礎になっていると考えていただければと思います。

なのでジャパンと言う改めてJになっていて改めてこう日本がどんどん世界にリーダーシップを取ったり文化を発信していく時代になりますよーと言うイメージを持っていただくこと、そしてそれは人間性、人格的な特性を高めるということからスタートしましょうよーと言うなそんなそのようなメッセージがこの私の元号のネーミングのアイディアには含まれています。

これはたまたまではありますけれども、「なるちゃん憲法」じゃないですけれども、徳仁天皇になられるわけですね。まあ漢字があべこべになっていると言うことはまあ一つのご愛嬌ですね、あまり意識しないで使っていただければと思います。

ということで今回は元号について少し考えてみました。

時間のネーミングというところとそれぞれの時間軸があるという話。

そして時代の方向性を私なりに考えてみたというところですね。

そして「仁」という特質と「愛」という特質についてはちょっとつなげてみて、さらに世界が繋がるんじゃないかっていう期待もあるのでその点に関してはさらにまた掘り下げて言ってみたいと思います。

それでは今日はこの辺で失礼いたします。

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