“ひよこ” 芸術家が素養身につけ、自らの才能を磨く方法

 
グレート!
 
発行者のSINYA OONOです。
 
今日は、
“建築” の観点でお話していこうかと思います。
 
“建築”の世界がなぜ面白いと言えるかをまずお話していきます。
 
それは、
 
1)アイデアが形になる
2)自分の持つ経済以上の大きさの経済を動かすことができる
 
この二点の側面があります。
 
それゆえに、
建築家、
 
建築プロジェクト任される人にとっては、
理論と技術と思想とその実践という大きな器が求められたりしています。
 
建築家は、
“late bloomers”だと言われたりします。
 
“late”は「(時間的に、時期的に)遅く、遅い」、
 
“bloom”は、「花が咲く」ひいて「(人が)幸福になる、健康になる、輝く、(望ましいものに)成長する、実を結ぶ、(経済などが)繁栄する」という意味があるようです。
 
日本語で言うなれば、
ぴったりの言葉がありますね。
 
「遅咲き」
 
ことわざを引用すれば、
「大器晩成」といったところでしょうか。
 
実例を挙げるなら、
 
海外勢の建築家の代表格にはなりますが、
レム・コールハースさんやザハ・ハディッドさんなどは、
 
アンビルドの建築家としての期間が知られています。
 
つまり、
建物を建てたことのない建築家。
 
しかし、いざ彼らの建築が立ち上がり出すと、
その活躍ぶりは世界のいたるところに見ることができるようになりました。
 
レム・コールハースの有名作品で言えば、
北京にあるCCTVのビルかもしれませんね。
 
ループ状の四角が、
大きく跳ね出している物理的な重力を図形的な操作で、
軽く見せているようなそんな視覚的なトリックも感じる
アイコニックな建築です。
 
icon(アイコン)とは、コンピュータ用語にもなっていますが、
何かを象徴するような文字や形のこと。
 
肖像や像、偶像や宗教的なものを指すこともあります。
 
ある意味、北京や中国を象徴するような建築になったという意味で、
アイコニック(iconic)という意味ですね。
 
 
ザハ・ハディッドさんと言えば、
日本の国立競技場の建替案で、
優秀賞に選ばれるなど話題になりましたが、
 
やはり中国をはじめ、
韓国などアジア圏にも独特の近未来的デザインの建築がたくさんあります。
 
 
そのザハさんは、
アンビルド時代は、
絵を描いていたようです。
 
 
ここからは私の推測にはなりますが、
 
大きなアイデアや理論を立ち上げるには、
その後の社会の変化というか影響は大きくなる。
 
その分、
エネルギーをためる時間も長くなるのではという意味で、
“late bloomer”、「大器晩成」というものが存在する
論理的な理由みたいなものが見えてくることです。
 
「大器」つながりで、
ことわざをもう少し調べておきましょう。
 
「大器」とは「大きな器」のこと、
 
「茶の本」で岡倉天心が人間性の器として
茶の精神を話していたようなことと通じるところがあります。
 
人を器に例えているというわけですが、
「大器小用」というのもあります。
 
別の言い方をすれば、
「大根を正宗で切る」。
 
もしあなたが自分が大器であると思うのであれば、
安売りは避けるべきです。
 
そして、
エネルギーを蓄え、
大根を切るような簡単な仕事は、
その器の人に任せることです。
 
“正宗”とは、“名刀正宗”。
 
主婦が毎日使う包丁の
代わりに、
大根を切るために、
名刀正宗を持ち出してくるというのは、
面白い例えです。
 
ただある意味、
武士の情けというより、
武士の奢りなのかもしれないのですけどね。
 
成分は鉄だったり、
ステンレスだったり、
 
同じ金属。
 
現代人には、
TPO。
 
時期や時間、場所、機会に合わせて、
自らの器を使い分けられる人もいるようです。
 
だから、ことわざは絶対ではなく、
参照して意味があったと思っても、
 
Everything is changing.
無常
 
であるということもできますね。
 
 
全ては変わりつつあるということ。
 
 
この話は前もしたかもしれませんが、
地球も太陽系も二度と同じ場所にはとどまっていない。
 
宇宙という大海原を物凄い勢いで、
大移動している。
 
でも、そんなこと誰も気づかなかった。
天体観測が始まるまでは。
 
 
その事実を知るようになっても、
やはり毎日寝起きし、
同じ場所に住んでいるような錯覚にやはり陥ります。
 
まさか地球や太陽系が丸ごと移動しているなどとは気づきにくいですからね。
 
大陸も同じですね。
 
ウェゲナーという人が、
大陸移動説を唱えた時も、
「そんなはずはない」という既存の思考の枠組みを外せない学者とぶつかったそうですし、
 
地球が中心なのか、
太陽が中心なのかの有名な論議、
 
地動説、天動説のお話でもガリレオ・ガリレイは、
既存の思考の枠組みからそうした科学的事実を捨てるようにと言われています。
 
 
ザハさんの話に戻りましょう。
 
 
建築家も理論家であったり、芸術家であったりするわけですが、
 
ある意味、
ウェゲナーやガリレオ・ガリレイのように、
宇宙の真実にスポットを当てたり、
表現したりすることもある。
 
ある意味、
芸術家の職能というのは、
言葉を使わずに、
まずそういうところに先に到達するという使命を担っているような気がします。
 
 
そして、そのあとに人間の誰もが認められるような論理が付いてくる。
 
その論理やアイデアを認める人は最初はわずかにではあるものの徐々に徐々に進行して、
それが変化をもたらし始めた頃には、
もう勝負はついている。
 
 
そんなような気がします。
 
 
つまり、地震の波を測定するとプライマリー波、セカンダリー波という二つの波が計測できるといいますが、これにも例えられるかと思います。
 
プライマリー波(P波)は最初の地震の揺れの波ということですが、
その意味の通り最初に震源から到達します。
 
そして、セカンダリー波(S波)は二次的な地震の揺れの波ということですが、
P波の後に、遅れてやってきます。
 
 
P波によるいわゆる地震の被害は少なく、
S波によりいわゆる地震の被害が起きると言います。
 
地面はただ揺れているだけで、
水もただ揺れているだけで、
 
ある意味では、
その上にあるものが、
崩れたり、
影響を受けることで被害につながるので、
 
地球の声を代弁すれば、
ちょっと揺れるよぐらいなものなのですが、
ただその上に乗っかっている方としては、
大げさに捉えてしまいます。
 
地球が太陽の周りを回っているという大運動を考えれば、
ロールスロイスよりも、
というか、
車の中で、
ワイングラスに入れた水がわずかに揺れたようなもの
と比較すれば、
比較になるでしょうか。
 
さて、なぜ地震のP波、S波の話をしたかというと、
 
ある意味、
ザハ氏は、
自分の絵を描くことで、
自分という震源を揺らしていたのではないかということです。
 
 
人はある意味、バイブレーション。
振動であるというようなことが言われています。
 
自分のリズムを持つというようなことは、
サッチモことルイ・アームストロングから学べるというようなことを以前に書きましたが、
 
音楽という正に空気の振動を扱っている職業でなくても、
視覚的な効果のもたらさせる心の振動のようなもの。
 
そうしたものをたくさん持っていた。
たくさん持つようにしていたということが推測できるのではないかと思います。
 
これは建築家や芸術家だけでなく、
ビジネスの中でも、
新しい事業アイデアやサービス、商品などは、
それぞれが新しい振動の創出という風にもいうことができます。
 
新しいバイブレーション(振動)が受け入れられるためには、
共振が必要です。
 
共振とは、
音叉と音叉を近づけるとその振動が鳴っている方の音叉から鳴っていない方の音叉にも振動が伝わるという現象です。
 
 
先日の記事では、
この振動のことを”幸福”や”幸せ”と呼びました。
 
ある人がある人に口コミをする。
 
このようなことも人から人へと振動を伝えているということになるかと思います。
 
そして、
共鳴しだしたら、
皆がそれで踊り出す。
 
 
そんな”ダンスな哲学”が、
振動の哲学が成功学的に見えてくるような気がします。
 
さて、建築家の醍醐味として、
自分以上の経済を動かせるということとアイデアを形にできるということを最初にあげましたが、
 
自分の創造性をかなりの程度ゼロベースで作れる分野としては、
映画や建築ぐらいだと言われたりします。
 
 
ある意味、
資本主義や芸術性、文化性、音楽や人などの様々なものが
総合的に入り組んで完成するという意味で、
興味の持てる創造性を発揮できる分野であることは確かなような気がします。
 
 
ただある意味、
いま考えられるのはそれは、
S波ではないのかなということです。
 
つまり二次的に起きる大きな波になる前の小さな波を起こす、
またはその波を起こせる震源地を探す。
 
 
そのようなP波を探そう!というのが、
今回の具体的なメッセージなるかと思います。
 
アメリカのシカゴから現れたといってもいい有名な建築家フランク・ロイド・ライトはそのことにも気づいていたようです。
 
こう言っています。
 
“Beethoven’s Fifth Symphony, 
 that amazing revolution in tumult and splendor of sound built on four tones based upon a rhythm a child could play on the piano with one finger. 
 
 Supreme imagination reared these four repeated tones, 
 simply rhythms, 
 into a great symphonic poem 
 that is probably the nobles thought-built edifice in our would.”
 
「ベートーヴェンの交響曲第5番は、
 子供でも片手で弾けるほど簡単なリズムと4つの音階で、
 激情と輝きを表現した、
 新しい音楽である。
 
 この繰り返される4音と単純なリズムが、
 究極の想像力によってシンフォニーと昇華されたのだ。
 それは、世界で最も崇高な思考上の建築物だ」。
 
Frank Lloyd Wright
フランク・ロイド・ライト(1867-1959)
 
ベートーヴェンの交響曲第5番といえば、
「運命」。
 
ダダダダーン。
 
で有名なフレーズ。
 
この交響曲、シンフォニーを支えているのは、
「子供でも片手で弾けるほど簡単なリズムと4つの音階」の上がり下がりだ。
 
つまり、この発見こそが、
世界を揺るがすP波の発見であるということなのだ。
 
 
もちろん、
音楽家であれば、
その簡単な旋律を盛り立てるような交響曲として書き上げるだけの力量を求められる。
 
しかし、
そのシンプルな音階を見つけることは、
 
実は僕らにもできること。
 
誰でも、人差し指一本で、ピアノの鍵盤を叩いてみればよいのである。
 
そして、世界を揺るがす次の交響曲の元になる
原曲を探すことができるのである。
 
 
 
これで、
ようやく今回のテーマが繋がってきたかなと思います。
 
 
ザハがコツコツと書いていたスケッチや絵画も
大きな波になれば、
芸術的な建築になる。
 
そして、
それは現代的なコンピューターグラフィックを活用した3Dテクノロジーによって大いに後押しされました。
 
アントニオ・ガウディというスペインの有名な建築家の作品でもあり、
あと何百年かかる?と言われていたサクラダ・ファミリアも、
この現代的なそして、それは現代的なテクノロジーによって、
大幅に完成へのスピードを速めていると言います。
 
 
ある意味、
ザハもガウディも作品においてやその芸術性を高めるという意味で、
右脳的な直感的な芸術性によりまず完成に至っている。
 
そして、
そのあとにS波としてテクノロジーが追いついたり、
ロジック的に論理的にその実際の影響が世界に轟くということが起きている。
 
そんなことがわかってくるかと思います。
 
ベートーヴェンであれば、
フランク・ロイド・ライトの言う所の「子供でも片手で弾けるほど簡単なリズムと4つの音階」の上がり下がりですね。
 
音楽というジャンルは、
今回出てきたように、
振動というものそのものを扱っているので、
 
そのいわゆるP波、S波の開きが比較的小さいジャンルと言えるのかもしれません。
 
つまり、
見つけた人類の心を揺さぶる、
感情を揺さぶるリズムを発見してから、
 
それをS波に、
二次的なより影響を及ぼす形として届けるのが
他のジャンルに比べて比較的早く持っていくことができるという意味です。
 
建築家で言うなれば、
スケッチが好きな建築家が多いですね。
 
 
自らが発見した形態や形状、
美しく見える形態のバランス、
空間構成の新しい枠組みなど、
 
さまざな思考実験を紙面上でできるからでしょう。
 
そのようにして、
最も手近に
 
美しいもの、
強度的に成立するもの、
機能を果たすもの、
 
発見することができるからでしょう。
 
 
僕の好きな白マッシブな建築造形を巧みに操る
アルバロ・シザというポルトガルの建築家がいますが、
 
彼もまた、
建築家が建築を学びたければ、
 
「旅行に行き、
スケッチをしよう!」
 
と言います。
 
フランスの有名な近代建築家のル・コルビュジェも
その建築家人生の初期に東方への旅ということで、
 
トルコ等を旅し、
いくつかのスケッチや手記を残し、
彼の場合はそれを出版もしています。
 
 
その共通項をさらに言語化するなれば、
 
古い建築をトレースする(跡を辿る)ことで、
そこに隠れている「用・強・美」を発見し、
自分の建築言語に加えようということであろう。
 
やはり、
写真に撮ったりして、
目で眺めるだけでは十分ではない。
 
そこに鉛筆を動かし、
紙に記すという身体性と物的な変化を起こせてこそ、
 
その視覚的な学びは自らの身体を経由して、
アウトプットされるからである。
 
 
よく言われるインプットだけでは、
情報を入力するだけでは、
 
学びにならないと。
 
インプットした言葉をアウトプットすることで、
自分の言葉として血肉化されると。
 
形態言語や音楽における振動の言語などもまた、
 
自らの身体を介してはじめて
それが外在化した表現になる。
 
 
こうした過程が、
芸術家として建築家としての学びにつながるのではないかと結論づけられるのではないかと思います。
 
 
 
 
 
 
 
//////////編集後記//////////// 
 
今回は意外に建築家志望の方や芸術家志望の方にとっては、
参考になる内容になっているかと思います。
 
右脳的な考えを左脳化するというのは、
なかなか快感です。
 
脳梁というところがあって、
そこで右脳と左脳の橋渡しをしているということなのですが、
そこがうまく機能し始めた証拠ですね。
 
今まではどれだけつっかえていたことか…(苦笑)
 
今後は、こうした建築的な記事もまた書いていきますね〜
 
では、また見にきてくださいね!
 
 
今回の参考図書はこちら
 
↓↓↓↓
 
「101 Things I Learned in Architecture School」Matthew Frederick、The MIT Press(2007)
https://amzn.to/2xL4SAd
 
“late bloomer”のくだり、101個の建築学校筆者が学んだことがイラストと文章で一つずつつずられている。そのうちの最後の101個目を今回は参照させてもらった。建築家は50代ではまだ若手だという世界。昨日のテーマではないが、生涯現役でやるつもりでないと作品数は伸ばせない。
 
「The ARCHITECT says 建築家から学ぶ 創造を磨く言葉たち」Laura S. Dushkes、BNN新社(2013)
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フランク・ロイド・ライトの引用をここからとらせてもらった。この本自体が148からなる古今東西の建築家たちの引用からなっている。これらの言葉から建築家たちの生態系を思い描くことができる。
 
「アルベルト・カンポ・バエザ 光の建築 ALBERTO CAMPO BAEZA Idea, Light and Gravity」アルベルト・カンポ・バエザ、TOTO出版(2009)
https://amzn.to/2YQ7bOI
 
TOTOはトイレの陶器メーカーとして有名だが、出版事業も持っていて、建築関連の特定の建築家にフィーチャー(特集)したり、ギャラリーを持っていてそこでのテーマ展示を本にまとめたりと美術館的な図説的なものの本づくりをしている。「用・強・美」ウィトルウィウスという紀元前1世紀のローマの建築家の概念を明快なアイデアで引用するカンポ・バエザ氏の古代から現代に息づく建築の本質をこちらの本から参照させてもらった。
 
 
 
 
発行者談:
「バルセロナやローマにも行かなきゃな〜」
 
 
 
SINYA OONO
 
 

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