ことわざ3兄弟 〜だんごのように美味しく頂くには〜

 
発行者のSINYA OONOです。
 
今日は、
 
テーマとして
“ことわざ” “諺” を使ってみようかと思います。
 
“ことわざ”とは、
3つほど定義を見つけることができました。
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ことわざ(言事)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
まず一つ目は、ことわざ(言事)。
“こと”と”わざ”に分けることができるようです。
 
“こと”とは「言葉」の“こと”、“言”。
“わざ”とは「出来事」の”事”。
 
つまりことわざとは、
言葉と出来事、言葉と事件で構成されているというのが、
その定義です。
 
つまり、
言習わしというか、
 
「こういうことがあったでしょ。
 これから学びなさい。
 これからいうとこういう結論が見えるわね」。
 
というようなニュアンスがあるものです。
 
つまり、
ここから推して考えていくと
 
ことわざがカバーしている領域とは、
過去から現在の領域。
 
今まではこういうことがあって、
こうだったから…
 
という思考プロセスが集約されているそんな言葉達です。
 
 
逆に網羅していない領域もあると言えます。
 
それは、未来の出来事、そして今の意図です。
 
ことわざが網羅していない領域とは、
 
そのような今、
未来を起こそうとしている意図からすると吹いて飛んでしまうような
仮小屋のものもあるかもしれませんし、
 
未来の出来事により、
新たなことわざも生まれるかもしれない。
 
そんな限定的なエリア(領域)の感覚を持っていることは、
大切かもしれませんね。
 
もう一つの当てはまる漢字もあります。
 
古典での参照しか時点には出てきていませんでしたが、
意味としては、
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ことわざ(事業)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
 
1) 行為、しわざ
2) 仕事、じぎょう
 
という意味もあるようです。
 
この場合は、実際に行われている今のことを指していますね。
現在時制において意識されている言葉です。
 
3つ目のことわざ “諺”とは何かを見ていきましょう。
 
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ことわざ(諺)
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この最後のことわざが今回深掘りして取り上げるものです。
 
ただ、
その部分を意識しながら、
同音異義語から論じてきました。
 
この諺の定義は、
昔の人々の間で言い習わされた、ア)風刺・イ)教訓・ウ)知識・エ)興趣などを持った簡潔な言葉とされています。
 
ア)風刺とは、社会や人物を他のものを用いて批判的・嘲笑的に言い表しているようなもの
 
イ)教訓とは、教えられるその内容のこと。その言葉から学べるようなもの
 
ウ)知識とは、ある物事とはこういうものだとその言葉から学べるようなもの
 
イ)教訓とウ)知識の違いは、
 
出来事の因果関係等から類似の状況を推測できる学びがあるのが、
 
教訓、
 
(故事成語のようなものも含む)
 
物事の性質やそのものについて知っている、認知できることを増やすことができる学びがあるのが、
 
知識、
 
ということができるでしょう。
 
もう一つの諺タイプがありますね。
 
エ)興趣(きょうしゅ)
です。
 
エ)興趣(きょうしゅ)とは、
楽しく愉快に感じること。おもしろみ。とされています。
 
つまり、物事の中から楽しく愉快なことを言い表したようなもの。
 
そのようにいうことができますね。
 
それぞれのタイプのことわざの中から参考になりそうなもの。
 
逆にこのことわざは現在においては意味がないなど、
言葉における破壊と創造を存分に楽しめれば良いと思います。
 
概念的にも朽ちているもの、
教訓としてももはや頼れないものなど、
思想的にも信条的にも更新され、
書き換えられることも起こります。
 
Everything is changing.
 
では一つ目です。
 
 
||||||||||||||||||
 恋に上下の隔て(へだて)なし
||||||||||||||||||
 
 
意味としては、
 
色恋の道ばかりは、身分とか上下関係とは全く無関係のものであるというもの。
 
 
タイプとしては、ウ)知識ということになるでしょうか。
 
 
ただ身分というものは、社会制度上存在した時代もありましたが、
現在は社会制度上存在はしないものの、
家柄、経済状況、身体的な美しさなど、
身分のアイデンティティーとなるものは、
 
変換して理解することもできそうです。
 
先日も、
南海キャンディーズの山チャンと女優の蒼井優さんが結婚して、
 
ある意味、
イケメンと美女みたいな結婚とは違うスタイルが
報道されていましたが、
そんな感じですね。
 
使用上のシーンとしては、
ある若者が、
好きだけど告白できないとか、
心理的な障壁を感じているような状況で、
 
先輩や親、友達として、
「いや、”恋に上下の隔てなし”と昔から言うよ」。
などと励ますのに使ってあげるのも良い使用シーンかもしれません。
 
 
こんな風に、
自分の状況だったり、
 
他の人の状況だったりに当てはめて考える能力を
「適用能力」といったりしています。
 
 
ある意味、知識にアクセスすることが容易になったインターネット時代。
 
この「適用能力」ある人は、
知恵と呼んだりもしますが、
 
重宝され、
そうした力がより大切になってきていると言えます。
 
 
さて、もひとついってみましょう。
 
 
||||||||||||||||||
 付いた癖(くせ)は焼いても退かぬ
||||||||||||||||||
 
 
これもウ)知識タイプ。
 
習慣や癖(くせ)とはこう言うものだよね。といっている諺です。
 
特に悪癖の方ですね。
 
悪い習慣。
 
 
“煮ても焼いても食えない”
 
 
なんて言うものもありますが、
ここでは、人間が食材に例えられています。
 
そう言う意味では、ア)風刺の要素も含んでいると言えますね。
 
 
生のまま食べられる素材は、
ある意味新鮮で一番元気が食べ方だとすると、
 
煮たり、焼いたりするのは、
一手間掛けて、
工夫して食べると言うこと。
 
栄養学的には、
調理した方が有利なこともあるかとは思いますが、
ここでは、
手間のことをいっているのでしょう。
 
 
ちょっと新鮮でない食材も、
煮たり焼いたりすることで、
確かに”食える”ということはあり得ます。
 
でも、この諺で言わんとしているのは、
人生で付いた悪癖は、
“焼いて”も消えないよ。
 
一手間、ふた手間では変えられないよ。
 
そんなことを教えてくれています。
 
ある意味、イ)教訓の要素も含んでいると言えます。
 
ここまで考えてきて、
ことわざのタイプ分けについて全てを厳密にこの4タイプを仕分けることは
あまり現実的ではなさそうですが、
 
ことわざの要素の中にこうしたエッセンス(重要な本質的な要素)があるよ。
ということが理解できていれば、良いのかなと思います。
 
 
さて、ことわざだけでなく、
いろいろなものはまだまだ”いじる”ことができます。
 
ある意味揉まれるというか、
漬物などが、
塩揉みされて味が染みていく、
そんなことがあります。
 
そして、徐々にいじたり、揉み込んでいくと、
その本質的な要素以外の要素に飛ぶこともできたりします。
 
 
もちろん無益な場合もありえますが、
 
このメルマガ場合は、
常に有益な部分をお伝えしています。
 
 
例えば、先ほどのことわざの場合は、
このような副産物があり得ます。
 
その1)付いた癖を治す方法はある
その2)癖は作ることができる
その3)悪癖は着く前に対処する方が断然楽
 
 
実際、癖や習慣を改善する方法は存在します。
それは、ある意味個人の決断力で可能になるといっている人もいますし、
その個人の周りの環境や仕組みで変えようとする人もいます。
 
さらに言っていることには、
このことわざの教訓の要素として、
 
あとあとめんどくさいことになる、
「無駄な労力を掛けてやめなきゃいけない癖がついてしまうよりは、
今その癖がつかないようにしとけよ」。
 
という警告性の強いことわざとも言えるかもしれません。
 
ちなみに、
組織にも癖というものは存在します。
 
組織の長に大きく影響されることもありますが、
特に日本の集団思考が優先される組織社会においては、
一度特に理由もなく確立された組織の癖が厄介なものとして残ってしまうということはありうる話です。
 
個人の癖にしても、
組織の癖にしてもこのような状況で大切になってくるのは、
Unlearning!!!
 
つまり、学習の逆の過程。
 
日本語で言うなら、
忘却、非学習、忘れる、手離れする、
いずれのワード(言葉)もしっくりはきませんが、
 
要は、思考パターン・行動パターンとして確立されたものを分解し、
再構築する。
 
 
そんな思考作業、行動作業をすることが必要になってきます。
 
 
分解と再構築ですね。
 
 
これが、非習慣化するときのコツかと思います。
 
 
さて、3つ目のことわざにいってみましょう。
 
 
|||||||||||||||||||||||
 瓢箪(ひょうたん)から駒(こま)が出る
|||||||||||||||||||||||
 
 
意味としては、冗談が本当になること。あり得ないことが起こること。
とんでもないところからとんでもないものがあらわれること。
 
を言うようです。
 
このことわざタイプは、
あえて言うなら、
ア〜エの要素を持っていると言えるかもしれませんが、
 
あえて新しいカテゴリを作るとするとオ)事象というカテゴリが作れるかなと思います。
 
ウ)知識要素としては、
ある物事の性質としてテーマというか対象が決まっているのに対して、
 
このタイプのことわざは、ある事象を比喩的な要素も用いて表している。
それゆえにオ)事象タイプとしました。
 
ある意味では、物事の特定の状況を表したような端的な言葉ということができます。
 
 
ひょうたんとは、ウリ科の植物で絡まるように成長し、心臓型の葉をつけています。そして白い花を咲かせ、いわゆるひょうたんの実をつけます。
 
ここでは、そのひょうたんの実をくりぬいて乾燥させ、酒や水、七味唐辛子の容器としたその容器のことを言っていると思われます。
 
 
そのひょうたん型の容器の中から、酒や水、七味唐辛子のような粉物でもなく、駒が出てくる。
 
これはあり得ないことだけど本当に起きた!
 
というようなリアルなサプライズ感を伝えていることわざです。
 
駒とは、馬のことを指す場合もありますし、
転じて、将棋やすごろく、チェスなどで盤上で動かす駒のことを指すこともあります。
 
ここでは、何れにしても有用なものの象徴として、
使える駒、手持ちの駒などの言われるような
自分にとって役に立つような人やモノ、コトを指すと言って良いかと思います。
 
現代版で言えば、
そうですね。
 
“冷蔵庫から自動車”みたいな感じでしょうか。
 
事象タイプは学びというよりは、
確かにああそういうこともあるなみたいに割りの淡白に終わってしまうこともあるのかなとも思います。
 
しかし実は、
冗談が本当になること。
 
ここに一つのシークレット(秘密)が隠されています。
 
 
これは、
ある意味では、
 
冗談ではないよ。
 
というお話です。
 
 
冗談にしても、
何にしても話の向きで盛り上がることがあります。
 
その時、その話向きには実はものすごい力があるのだよ。
というお話です。
 
冗談半分でもその場で盛り上がり、
いいよねというなる。
 
 
その場にいた人々の場のエネルギー、
個人の発するエネルギーが継続的にその楽しかった冗談半分な話を再生するにつけ、
その事実は徐々に現実に近づいていく。
 
こういうような隠されたリアルパワーの話があるということです。
 
 
つまり、逆にいうなら、
悪い話でも、
冗談半分ですればするほど、
 
そしてそれを頭で皆が再生すればするほど、
現実にそれが近ずいていく。
 
そういういわば、
マジック的な要素があります。
 
 
ある意味、
呪いや祝福みたいなものも同じようにいうことができます。
 
ある人が、これこれの時にこうなる。
 
みたいなことを言うと、
そこにいる人がそのデータを何度も何度も参照します。
 
そうすることで、
自分やその他の人の潜在能力がどんどんそれを引き寄せるというお話です。
 
 
このことわざには、
そのエネルギー原則の話。
引き寄せに法則の話。
思考は現実化するの話。
 
に通じる部分がありましたね。
 
さて、今回はわずか三つでしたが、
ことわざというものを考えてきました。
 
 
ちょっと前の記事で、
過去から長い棒を借りて、
レバレッジ(てこ)の原理を使う。
 
というお話をしました。
 
今現在を我々は生きていて、
過去から長い棒を借りてくることで、
未来というものを今動かしていくことができるよ。
 
という趣旨だったのですが、
 
このことわざというものもある程度の重みをもった
過去からレバレッジを効かせる原理としては有効なものなのだろうと思います。
 
人生70年、80年の自分だけの理解で歩いていくには、
もったいない。
 
他者の知恵や過去の知識の集積を自分の人生や周りの社会に十分に活かしていこうという基本的に積極的な姿勢がそこにはあるのです。
 
そして、そのような姿勢を必要とします。
 
そして、
 
それらの言葉は、
 
時に戦陣の場で、ここぞの決断を支えたり、
安らぎの中で活用したりしたもの。
 
同様の状況や比較対照してさらなることわざを生み出すなど、
大いに活用できるものではないかなと思うわけです。
 
 
でも繰り返しには、なりますが、
丸呑みはダメですよ。
 
 
自分なりに噛み砕いて、
咀嚼(そしゃく)することが大事ですね。
 
 
では今日は、一つ課題を設けましょう。
 
あなたが好きなことわざは何ですか?
その理由も教えてください!
 
では、また次回!
 
 
//////////編集後記//////////// 
 
今日はことわざを取り上げました。
 
図書館などにいくと、
海外のことわざを収録しているものもあります。
 
今回のタイプで出てきたような教訓タイプが日本には多いように、感じますが、
 
海外勢は、意外とアイロニー(皮肉)タイプ、風刺系が多いように感じます。
 
そんな国民性もさらに深掘りしていくと明確に出てくるかもしれませんね。
 
今回参照したのは、とても小さな本です。手のひらサイズ。値段も定価で400円にも満たない。
 
でも、”小粒でピリリと辛い” そんなパワフルな要素を持っているなと改めて感じました。
 
「実用ことわざ小事典」永岡書店編集部、永岡書店
 
この編集後記で最近の動きについてもシェアさせていただきますね。
 
実は昨日は、
佐久に行ってきました。
 
佐久は母方の実家で、
玄米などをよくもらって食べています。
 
なので、
東信のお米を毎日食べていることが多いというところでしょうか。
 
2018年は、ほぼオーストラリアの食材でしたね。
ある意味、
原子レベルでは、一年で全て入れ替わるということでしたから、
 
今は、
オーストラリアで蓄えた原子が半分くらい日本の原子と入れ替わったということろでしょうか。
 
そういう意味では、身体レベルと精神レベルではどこかで継承が常に行われている。
 
そんなこともわかるかと思います。
 
佐久へはある意味付き人的な感じだったのですが、
地域おこしや地域活性化、
人づくり、
様々な意味で、
人をベースに何かをやっていく。
 
 
そんなきっかけになるようなミニ旅でした。
 
 
県内でも、国内でも、国外でも、
やはりどんどん移動して、
楽しいことをやっていきたいですね!
 
 
 
SINYA OONO
 
 

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