歌劇 “ドン・ジョバンニ” に学ぶ恋愛経済学

¥¥¥¥¥¥ GOOD NEWS!! 第8号 ¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥
 
 SINYA OONOのここだけの
 ちょっと“ほくほく”する話
 
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ブラボー!
 
発行者のSINYA OONOです。
 
今日は、オペラの中でも恋愛劇的なもので、
モーツァルトが音楽を提供している「ドン・ジョバンニ」からみていこうと思います。
 
モーツァルトといえば、
“右脳の化け物”と言われるくらいのある意味飛び抜けた天才ですね。
 
モーツァルトは1756-91の人。
18世紀の人で、
日本では江戸時代ということになりますね。
 
芸術においても、
ある程度今にも通じる要素が見られたのは、
この300年という風に個人的には見ていますが、
 
このオペラが今でも上演されていることを考えると、
ある程度の完成形がこのオペラの中にあって、
その中に色々と学べるヒントがあるということだと言えます。
 
そして、
なぜ、
オペラから恋愛経済学が出てくるのだろうという部分を種明かしをしておきましょう。
 
それは、
コンテンツとしての、
魅力という部分を考えていくとわかります。
 
皆さんもそうだと思いますが、
映画やドラマ、小説など色々な物語を観たり、読んだり、聴いたりすることあるかと思います。
 
改めてですが、
そのテーマはなんでしょう?
 
大抵は、
恋愛か、家族。
 
そして、男女と親子などの人間関係をベースに描かれています。
 
もしかすると、
今までは、
コンテンツを消費する側だったかもしれません。
 
でも、
お金を生み出すためには、
 
逆に人前に立ったり、
人が読んだり、楽しんだり、聴いたり、観たりするようなものを提供することが必要になります。
 
それがコンテンツ力。
 
だからこそ、大抵のテーマである恋愛を深掘りしたり、家族を深掘りしたり、
その本質を深く、幅広く知り表現できることは、
 
コンテンツ力、
強いては、
稼ぐ力にもつながると言えるからです。
 
劇場というビジネスをもっているとしたらどうでしょう?
そこにお客さんが来てもらって、
お金を払って、
また来て欲しいと思うようなコンテンツを提供する。
 
それが劇場ビジネスの簡潔な記述です。
 
モーツァルトは、
フルネームだと、
 
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは、
この「ドン・ジョバンニ」で、
 
ロレンツォ・ダ・ポンテという脚本家と組んでいます。
そして、
「ドン・ジョバンニ」をやるようになった
きっかけとしては、
プラハの興行主から新作の依頼を受けて始まったといいます。
 
そして、ウィーンでは不発に終わった「フィガロの結婚」がプラハではヒットした事。
などがその事由にもあげられるといいます。
 
そもそもこの時点で、
モーツァルトの名声はある程度のものだったようですが…
 
さて、そんな興行主や作曲家、脚本家たちの立ち位置を踏まえた上で、
実際の作品も見ていきましょう。
 
まず、オペラ公演の構成ですが、
オケがいます。
 
つまり、オーケストラ。
 
音楽が舞台と同じレベルで、
(いやもしかすると音楽が舞台を動かしているとも言えるかもしれませんが…)
 
音楽があります。
 
 
そして、そこには、マエストロ。
指揮者がいます。
 
音楽が主要な登場人物の一人なので、
最後のカーテンコールでも、
俳優たちとマエストロは一緒に挨拶しています。
 
そして、マエストロが来ると聴衆は拍手をし、
今日来たオペラが始まる気持ちの準備ができます。
 
実際に、
作曲家であるモーツァルト自身もオペラの指揮をとっていたりします。
 
これで、オケがいて、会場があって、お客さんがいて、音楽が鳴り始め、
いよいよ、
俳優さんたちの出てくる舞台が整いました。
 
では、作品名にもなっている主役のドン・ジョバンニからいきましょう。
 
★ドン・ジョバンニの
ドンはどういう意味でしょうか。
 
ドン=キホーテなどでも出てきますが、
ドンとは、スペイン語圏で出てくる男性に対する敬称という説明よいかと思います。
 
別の言い方だとセニョールなんて言ったりしますね。
 
ちなみに、
このオペラはイタリア語で歌われています。
 
しかし、ご存知のようにイタリアとスペインは近隣国。
 
そして、インドーヨーロッパ語族で言語的には、
親戚みたいなものなのですね。
 
そして、イタリア語で歌われていますが、
設定はスペインのどこかということになっています。
 
他の登場人物には、
★ドン・オッターヴィオという男性の人物が出てきます。
 
女性の敬称は、ドンナ。
女性の登場人物としては、
 
◯ドンナ・アンナ。
◯ドンナ・エルヴィーラ。
 
が出てきます。
 
ドンに対して、ドンナ。
セニョールに対して、セニョリータ。
 
日本でいうなら、
〜さん。〜様。
 
男女がはっきりしているのは、
やはり文化的特徴でしょうか。
 
当時は貴族社会ですから、
貴族の人たちをして、
敬称を使っているというのが、
時代背景のようです。
 
さてストーリーですが、
今回はストーリーは封印。
 
せっかくの見る機会がこれからあるかもしれない人のためにもお楽しみを取っておきたいと思います。
 
ただ、
その人物については面白いところを取り上げたいと思います。
 
その面白さが理解できるように、
少しばかり、
ネタバレになってしまうところはご了承を。
 
まずは、そのメインの登場人物たちのうち、
まだ出てきていないメンバーとその各人物たちの関係性を紹介しておきましょう。
 
★ドン・ジョバンニは、貴族そして騎士という設定になっていて、
なかなか豪華な衣装と豪華な生き様、
豪華な暮らしぶりを見せてくれているのですが、
 
それを印象づけるような役割をもしているのが、
召使いや執事のような役回りもしている★レポレッロ。
 
そして、前述の
 
★ドン・オッターヴィオ
    と
◯ドンナ・アンナ
 
この二人は許婚の関係です。
 
◯ドンナ・エルヴィーラは、
★ドン・ジョバンニのいわば、
元カノ。
 
★ドン・ジョバンニには、
数多くの女性遍歴がありことになっています。
 
ここがとてもこのオペラの面白いところなのですが、
また後で取り上げます。
 
そして、
 
★マゼット
  と
◯ゼルリーナ
 
彼らは、歌劇上での結婚式を迎えた民衆代表のようなカップルです。
 
最後に、名無しの★騎士長、
◯ドンナ・アンナの父親です。
 
人物一列に並べて、
整理してみると、
 
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★ドン・ジョバンニ (貴族・騎士・イケメン・女好き) バリトン:男性の声域で中位の領域を歌います。
 
★レポレッロ (執事・イケメン・調子を合わせるのが上手) バリトン=バス:男性の声域で中位から低めの領域を歌います。
 
◯ドンナ・エルヴィーラ (貴婦人・美女・一途) ソプラノ:女性の声域で高めの領域を歌います。
 
★ドン・オッターヴィオ (貴族・イケメン・質実剛健) テノール:男性の声域で高めの領域を歌います。
 
◯ドンナ・アンナ(貴婦人・美女・生真面目) ソプラノ:女性の声域で高めの領域を歌います。
 
★マゼット(民衆・楽しい男・不細工) バス:男性の声域で低めの領域を歌います。
  と
◯ゼルリーナ(民衆・美人・妖精タイプ) メッゾソプラノ:女性の声域でやや高めの領域を歌います。
 
★騎士長(貴族・頑固親父・正義肌) バス:男性の声域で低めの領域を歌います。
 
============================================
 
と8人の主要な登場人物たちで物語は進んでいきます。
 
 
人物の関係性も整理してみましょう。
 
=============================
 
【親子】:
 
 ◯アンナと★騎士長
 
【男女関係】:
 
 ★オッターヴィオと◯アンナ、
 ★マゼットと◯ゼルリーナ、
 ★ジョバンニと◯エルヴィーラ
 
(3組のカップル。ジョバンニがその他の女性に手を出すことで物語が進んでいきます。)
 
【上司部下の関係】:
 
 ★ジョバンニと★レポレッロ
 
=============================
 
人間的な関係性の諸要素が、
わずか8人という少数の設定で、
いかに上手に描かれているかがわかるかと思います。
 
TVドラマなどでは、
オケによる生演奏の音楽や俳優による生演技という要素がない分、
 
幾分複雑化させ、
複数の登場人物や場面などを展開させている点は、
比較できそうです。
 
———————————-
ドン・ジョバンニの女好き
———————————-
 
では、
お待ちかねの女好きのドン・ジョバンニが、
どれくらい女好きかを見てみましょう!
 
これは人によっては、
かなり笑える人もいるでしょうし、
真剣になる人もいるでしょうし、
 
すごくコアな男女関係の思想というか、
 
哲学みたいなものが入っているので、
とても面白いと思います。
 
ちょっとネタバレになってしまいますが、
 
第1幕の最初の方のシーンで、
レポレッロとジョバンニが街を歩いていると、
 
「女の香りがする」とジョバンニ。
「凄い嗅覚!」とレポレッロ。
 
「凄い美女だ」とジョバンニ。
「凄い視力!」とレポレッロ。
 
五感すべてで、女探しを楽しんでいる。
そんなジョバンニです。
 
第2幕の最終場面に近い、
晩餐のシーンでも、
 
「女万歳!酒万歳!」とエルヴィーラの改心を諭す声を退けています。
 
エルヴィーラはこうして見ると、
ジョバンニ想いです。
 
(批判も幾度もしてはいますが…)
 
第2幕の最初の方で、
レポレッロと和解するシーンがあるのですが、
レポレッロもその女好きはなんとかなりませんか?
と条件を出すのですが…
 
その時のジョバンニは、
 
「(女は)パンより必需品。
 (女は)空気より大事」。
 
と名言?迷言?を残しています。(笑)
 
個人的にはすごくニヤっとなってしまいましたが、
 
それには、
この脚本家や作曲家、
ポンテとモーツァルトの描く世界観に
直感的なシンクロを覚えたからかなとも思います。
 
それから、
男とはそういう生き物かなというある意味、
諦めに近い色々な声が聞こえてくるようで、
可笑しくなった訳です。
 
これを大の大人たちが、
お金を払って鑑賞する。
 
それは、当時の王族もそうだし、
文豪ゲーテやスタンデールが好んで観た
歌劇、オペラな訳です。
 
そこに、少なくとも200年以上の普遍性があって、
 
それを問題としてみたり、
面白いとみたり、
解決するものとしてみたり、
様々な自分の周りの人間性と重ねながら観ている。
 
そんな世界観が共有されているからこそ、
コンテンツは消費されうる。
コンテンツが愛されるようになるというプロセスも見えてきますね。
 
ジョバンニの女好きは、
執事のレポレッロによっても裏付けられます。
 
レポレッロに、
ジョバンニは陥落した女の人の記録簿をつけさせているのです!
 
カタログみたいなものですね。
 
男のコレクション願望をよくぞ表したなと..思いますが…
 
それによると、
 
「イタリア人640人、
 ドイツ人231人、
 スペイン人100人、実は1003人…」
 
とよくわからない人数になっています。
 
それから、恋愛哲学もレポレッロが披露しています。
 
「金髪美女には 優美さを褒めて落とすのが手口。
 黒髪の令嬢には 貞淑さを褒め、
 銀髪の奥様には 愛らしさを褒めちぎる」。
 
恋愛の傾向と対策がバッチリですね。
 
“褒め”は女の人も弱いのですね。
男が弱いのはちなみに”おだて”ですね。
 
「冬には太めの女。
 夏は痩せた女が好み」。
 
「大柄の女は立派なもので、
 小柄の女は可愛らしいもの」。
 
なんていうくだりは、
「春は曙」なんていう、
清少納言の枕草子を思い起こさせます。
 
恋愛エッセイストといったところでしょうか。
はたまた、
 
「年増に手を出すのは
 名前を増やす楽しみのため
 
 好みはやっぱり
 若くて初々しい娘」
 
という感じです。
 
 
ゴリラの回(第3号)でも少し触れたのですが、
 
やはりセックスの力、
異性の存在と触れるという力は
ある意味最強のパワーを引き出すのだなという
 
これもまたある意味諦めに近いような
そして根源的に人間とはそういうものなんだなというようなことも理解できるような流れになっています。
 
(ちょっと深読みしすぎかなとの感もありますが、そのあたりぜひ第3回の神経回路についてのお話と比較してみていただければと思います。モーツァルトが右脳の天才と言われるのもその辺にポイントがありますね。きっと。)
 
———————————-
ドン・ジョバンニの女好き
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に戻りますが、
 
これが実は、
 
(ネタバレの最終結論的なお話にはなってしまいますが、)
 
悪者扱いして、
 
ジョバンニを騎士が成敗して終わるとの見方もありますが、
実は、
ジョバンニは天使になったという見方もあります。
 
勧善懲悪で捉えると、
日本的な勧善懲悪の枠組みで見ようとするとちょっとわかりにくいと思います。
 
人の欲望や力の元、生き方など
西洋的なものとしてみるより、
江戸の娯楽を見るような感覚で見た方が見やすいのかもしれません。
 
その中にも、
聖書の世界観。
 
「神」
 
 
「善」や「悪」という概念もいくらかは捉えておいた方が、
作品として楽しめるのではないかと思います。
 
あくまで、イタリア語の訳ではありますが、
ジョバンニが使った言葉で面白い言葉がありました。
 
「女万歳!酒万歳!」といったちょうど後の言葉だったと思うのですが、
 
「甲斐性(かいしょう)」という言葉です。
 
意味としては、
 
「かいがいしい性質、生活力に富んだ頼りになる気質」
 
とあります。
 
「かいがいしい」とはどんな意味でしょうか。
 
1、動作がきびきびしていて、手ぎわがよい。てきぱきしている。
2、仕事をやる動作に真心がこもっている。けなげである。まめまめしい。
 
が挙げられています。
 
確かに、
歌劇上でのジョバンニは、
 
闘いにも強く、
宴会で人をもてなしたり、
晩餐会に騎士を招いたり、
機転もきき、勇気もある。
 
ただし、女好き。
 
これは切っても切れない関係のようです。
 
ある意味、ジョバンニの生き方も1つ筋が通っているようなそんな気にさせられます。
 
物語上、ジョバンニが叩かれるエンディング?になっている分、
ちょっとひいきに扱いたくなるような感じでしょうか。
 
ただ、解説を読むとモーツァルトと自身、
当時の貴族社会に対して、
飽きているというか、辟易している感の鬱憤を
自由な恋愛をするジョバンニに投影して、
憂さ晴らしをしているとの見方もある。
 
観客としては、
もっと普遍的なテーマを扱っていたと思いたいところもあるが、
 
それもまた真実で、
大きな土俵で相撲を取っているモーツァルトならではの「とんち」ということもできるかもしれない。
 
そんなふうに思います。
 
 
結論としては…特にない。
 
ただ、
芸術とは、
 
鑑賞し、
自分の感情や人間性に厚みを持たせるもの。
 
 
ただ、自分の世界観を広げてくれるのに、
このような機会を捉えること。
 
芸術の持っている、
右脳的な広がりを自ら左脳的に捉えてみること。
 
 
こういうふうな行為を通じて、
人間の器が大きくなっていくのでは!
ということで結論付けてみようと思います。
 
 
 
//////////編集後記////////////
 
今回は、歌劇、オペラを扱いました。
 
ビジネスモデルの話が少し長くなり、
主人公の女好きを話しただけで終わってしまいましたが…
 
 
でも、コゼットとゼルリーナの恋愛観も結構面白いものがあり、
 
ジョバンニに誘惑されたり、
コゼットがボコボコにされた後のSM的要素を感じさせるのようなシーンがあったり、
 
恋愛に関する要素はまだまだ面白い要素がいくつもありました。
 
オッターヴィオも、西洋的には良いもの役でカーテンコールでは人気があるような声援を送られていた。
アンナとの許婚、許嫁のやりとりも面白い。
 
男女の素直な気持ちを大きな声で歌っている。
 
もしあなたが、学生で
あれだけ大きな声で、
みんなの前で言えれば、
それはみんなに注目され、みんな観ることだろう。
 
彼女、彼に困ったり、失恋したりした時に、
恋愛体力を鍛えるのにこれは見ておいたら良いと思う。
 
ヤケ酒をして本当に死んでしまう前に..
 
僕がみたのはこちらですが、
「歌劇《ドン・ジョバンニ》」モーツァルト、TDKコア(1999)
 
Amazonでなかったので、
手に取れるものを一応ご案内させていただきます。
 
「モーツァルト : 歌劇≪ドン・ジョヴァンニ≫ ~ 2015年アレーナ・ディ・ヴェローナ音楽祭 / ステファノ・モンタナーリ | フランコ・ゼフィレッリ演出 (Mozart: Don Giovanni from Arena di Verona)」
 
それから…最後に…
 
マエストロになるか、
オペラ歌手になるか、
脚本家になるか、
演出家になるか、
作曲家になるか、
 
テーマは身近にある。
 
観客に次の感動を与えるのは、
“あなた”だ!
 
 YES!!!
 
SINYA OONO
 
 
 
 
 

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