マグジー・ボーグスに学ぶバスケットボール哲学と人生

マグジーボーグスというおそらく確か身長が160センチという大変小柄ながら NBA という世界のバスケットボールの頂点のリーグでなんと13年以上大活躍した選手がいます。

この選手は、日本の中学生に授業を与えるために、バスケットボールを教えるために一度来日していてそれが確か NHK の番組か何かで特集されてみる機会がありました。

このプログラム自体はとても私も参考になって何度か見たんですが、全体の一つ一つの練習の組み立てとか試合に持っていくまでの一つ一つのマグジーボーグスの言葉だったりアクションというのはすごく学ぶところが多かったんですが、その中でも特に一つ印象に残っていることがあります。

それは一通り基礎スキルというものを復習し終わった後に、確か練習5日目かな、その時に強い肯定を生徒たちに与えるということを練習の一部として行なっていたというのがすごく印象に残っています。

どういうことかというと、ある程度基礎スキルだったり試合中の戦術のスキルだったりが身についてくると、子供達はすぐに自分たちで判断してどういう風にプレイすればいいかというのがまあもちろん失敗はありますけれどもある程度判断がつくようになってきます。

それはいい判断がつくという意味ですね。もしくはまあ単純なプレイであっても、落ち着いて決めたりとか厳しいディフェンスができたりとかシンプルなプレイでも気持ちを持ってプレーすることができるとかそういう風になってくるわけですけども、そういう良いプレイとか、良い姿勢に対して本当に強い肯定を与えるというのを心がけてやっているという練習日がありました。

これが本当に僕としては印象に残っていて、日本人的な教育の中でどうしても抜け落ちちゃう部分っていうのはもしかしたらここかもしれないなという風にすごくあの自分としても抜けてたかもしれないなという思いを思いになったのを覚えています。

どういうことかというとみんなそうなんですけれどもちょっとこう下手くそなところとか、失敗した所っていうのはまあ誰しもすぐ見つけられて、もしかするとそれをこうを修正するスキルなんかもこうすればいいよとかすればいいよなんて言って治るかもしれないですね。

だけれども何て言うんでしょう。うまくいったときとか、小さなプレイだけどそれがすごい良い時とか、明らかにそのゲームの終盤で得点を決めて試合に勝ったとかいうことであればもう空はみんながほぼ自動的に全員褒めてくれるまた讃えてくれるわけなんですけど、そういう種類のものではなくて、小さな姿勢としてだったり、新しい方向性を出した時にそれがいいんだ、グットなんだ、それでいいんだっていうのを強くコーチとして打ち出すっていうことをやっていたとそれがすごい大切なんだということがその日の練習の様子を見て理解することができました。

なぜ重要かというのは簡単に言うならば自信を持っているとか、自分のやってることが正しいと思えるとか、気持ちや自分のプレイする動機などが安定するとか、色々な良い点はあげることができると思うんですけど、とにかくその良い点をものすごく強く肯定してあげるということが、強いプレイとか強い気持ちっていうのはそれ自身が育っていかなきゃいけないものなので、そういう時にその肯定する力ってのが聞いてくるんだなぁということがすごく明白になっているそういう教え方をしていてなに学校目から鱗が落ちたような気持ちになりましたね。

今後彼らが生きていく上でマグジーボークスが来たことでその中学生たちが自信を持って生きていけるんだろうなとはそういうことすら学ばせて 人生の生き方としての自信を持つ持たせ方はそんなことも彼は教えてしまったと言うことに僕はすごく感銘を受けました。

それはもちろん自分より背の小さい NBA の選手が中学校にくるっていうこと自体彼ら(中学生)にとってものすごい衝撃を与えていて出会いの衝撃から凄かったものがありましたね。

バスケットというスポーツ自体僕がすごく大好きなスポーツでチームスポーツの中でも手を使って行うスポーツでもあるので繊細かつ大胆な部分もあるしそういう意味ではいろいろ学べるスポーツかなという風には思っています。

バスケットボールに関してはまあいろいろ他にも話があるんですが、今回一番強調したいなと思ったのは「誰かを肯定すること」「いいと思った時に是認を与えてあげること」是認するってのはちょっと難しい言葉かもしれないですけど、是として認めるってことですね。

そうすると社会的に広げてみても家族的に見てみても、もっとこう人々が自信をつけてよりアグレッシブにと言うか、元気よく、積極的に、パワフルに人生をプレイするのに役立つマグジーボーグスからの教えかなと思っては取り上げたいと思いました。

はい。では以上です。