2つの恥ずかしいこと:1)自分でできることを他人にやってもらうこと、2)自分でできないことを自分でやろうとすること(他人に任せないこと)

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ちょっと長いタイトルでしたが、人生を振り返るとこれは恥ずかしかったなと思うことありませんか?

私には結構あります。

これは子育てにも通じる話かなと思うのですが、人生にあるこの二つを無くそうとするだけでも、自分の人生を取り戻せるな〜と思ったのでシェアしていきたいと思います。

うんちとおしっこの責任論

うんちをする。おしっこをする。そんな簡単なことも私たちが生まれた時、自分で下のお世話をすることができませんでした。

生まれた時は、それが自分でできなかったのです。

でも、できるようになったらそれをしないことは恥ずかしいことという感覚。

これが必要なんだな〜と思いました。

自分の中に恥の感覚を持つ

恥という感覚は、意識の中に他の人がいないと生じないものかと思っている時期もあったような気がしますが、今回少し考えて感じたのは、それはそうでもないということです。

自分という枠の中だけで考えてもそこには恥が存在するのだなという理解に至りました。

その考えを理解するためにまず理解すべきサークル、一つの円があります。

それはつまり、自分でそれができるのか、できないのかをまず理解していること。

それができないと、恥の感覚がうまく機能せず、今回のタイトルのように、

1)自分のできることをしない

2)自分のできないことを自分でしようとする(任せることができない)

となってしまうということでした。

どういうことか。

できる、できないの境界線

自分でできることと、自分でできないことをはっきりわかっている人は、自分でできることを実際にすることと自分でできないことを実際に自分でせずに、誰かに頼むことが容易になります。

ところが、自分でできることと、自分でできないことの境が曖昧になっている人は、それがとても難しくなってしまう。

自分でできないことをできると言っている人はカッコ悪いという感覚はどことなくあったりしますね。

でも、それよりもできることをやらない人も同じくらいカッコ悪いんだな。

自分でできないことを自分でやろうとする人、できる人に任せられない人も同じくらいカッコ悪いんだな〜

というのが今回の重要な気づきのポイントです。

羞恥心という心の機能

羞恥心というのが、何かしらの心の機能であるというのは、どこかで気づいたり、聞いたこともあったかもしれません。

今回の記事の内容は、その羞恥心の機能テストにもなるかもしれませんね。

逆のことを言ってみましょう。

カッコよさの新しい定義

自分でできないことを他人に任せられる人はカッコいい。

自分でできることを自分できちんとやっている人はカッコいい。

これもすごくシンプルだけど、その通りじゃないかな〜

と思います。

カッコいいだけでなく、うまくいく人、うまくいっている人の特徴でもあるかなと思いますね。

自己の外と内の起因

インサイドアウトという概念があります。

それは自分の内側から、物事を起こそうとする心構えのことです。

逆がアウトサイドイン。

自分の外側に常に起因があるとする考え方です。

他の言葉で言うならば、自己責任論と他己責任論。

この責任の外側と内側も一つの円として表すこともできますね。

通じる考えです。

恥の機能の涵養と汎用

さて、どうやってその心の機能を培っていくかということを最後に話していきましょう。

そして、その心の機能がどう役に立つのか、ですね。

最初に出てきたように、自分のできることと自分のできないことの境界線を知るということなのですが、実は、これを把握しているための都合のいいコツがあります。

常に向上することの新たな意義と副産物

それは、常にその境界線を拡大させること。

日々できることの領域を拡大させていくことです。

それは、常に自分のできることのギリギリに立つことでこそ、その境界線を意識できるということです。

仮に、その境界線にたち、今日の一日に敗れ、その境界線を拡大することができなかったとしても、その境界線を意識することはできるのです。

チャレンジすることのメリットには、自分のできることと自分のできないことの正確な把握をすることができるという副産物を持っています。

こうすることの実はもう一つの副産物があります。

もう一つの副産物:尊敬と敬意

それは、尊敬や敬意の心です。

どういう機能でそうなるのか。

それは、自分の正確なできることとできないことの把握ができている人は、他の人のことの正しい努力を正しく評価できたときに、その価値や機能を純粋に感じ入ったり、評価できたりするということです。

実際にそのできることをたくさん持っている人に感動できるかは、自分のできることを正しく認識できているかのテストにもなりそうですね。

ということはこういうこともとてもGOODです。

偉大なチャレンジャーに注目!

偉大なチャレンジャーには、尊敬する心、羞恥心という二つの大きな心の機能を持っている可能性が大いにあります。

この人頑張っているな〜と思ったら、その人にはこうした心の機能がとても発達しているかをチェックするのはアリかもしれません。

逆に頑張っているように見えても、実際には頑張っていなければ心の修養につながらないので逆側の厳しいテストにもなり得ます。

もちろん、自己テストにまずはそれを使うのがベストです。

他の人のテストばかりしていても自分の向上にはつながりませんので。

いずれにしても、チャレンジにはチャレンジそのものに意義があり、意味もあり、副産物を産むといえそうです。

例え、そのチャレンジ自体が失敗に終わったとしてもですね。

心の機能を磨くと良い理由

こうした心の機能は、自分にも他の人にも益があると言えそうです。

その例を少しだけ考えましょう。

自分。

自分の心の機能が良くなっていくということは、自分の存在がより素晴らしくなったということを意味します。

人生でできる3つの種類のこと

人生でできることを3つの種類に分けると・・・

自分の存在を変化させること

自分の行動を変化させること

自分の所有物を変化させること

この3つがあると言われています。

このうちの最も影響の大きいのは、自分の存在の変化と言われています。

人生の喜びの罠

自分のことに関心がなかったり、自分という意識がなかったりするとどちらかというと、行動や所有物の方に喜びを転嫁さえてしまいがちです。

心の機能が向上するとは、自分の存在がスマホやパソコンが個人で持つのが当たり前の社会になったからこそ、アップデートするという言葉がしっくりきますね。

人生のアップデート

自分という存在の機能をアップデートするとき、自分という存在が向上し、人生でできることの喜びの最大の効果をもたらすというのがそのメリットです。

今の命を最大限用いることができる時、そこには生の喜びがある。

自分の存在を信じることができ、自分の存在の発展と繁栄を信じることができるのは幸せなことです。

心の機能を高め合う社会

他の人。

もし自分がそんな自分になれたら、周りはきっと良い感化を得られるでしょう。

メリットは、相乗作用で良くなっていきそうですね。

とても素敵な未来、楽しい未来。

が見れたなら幸いです。

またお会いしましょう。

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